このコラムは週刊釣りサンデー(釣りの週刊誌)に2000年4月から「大山椒魚雑記」というタイトルで、隔週連載(9回)したものです。このHPで再掲載いたしました。まあ、オオサンショウウオに関する思いなどを綴った雑文です。ヒマがあればお読みください。
◆第1回 「ツチノコの正体」
渓流の帝王、オオサンショウウオ。大きいもので1mはゆうに越えるという世界最大の両生類である。このオオサンショウウオに興味を持ちだして、夜の川をうろつき始めて5年が経った。
オオサンショウウオといえば、国の特別天然記念物に指定されている貴重な生き物として、知名度だけは抜群である。ときたま、都心の河川で発見保護されて、新聞に載ったりもする。まあ、一見グロテスクで変な生き物…程度の認識しかない人がほとんどだろう。
ましてや実物を見る機会もないだろうが、普通の川に普通に生息しているのである。ハエジャコやアマゴを釣っている川で、昼間は川底の横穴に潜み、夜になるとノソッと出てきて、エサを捕ったり、移動したりしている。
一般に夜行性で川の中に生息していると思われているが、まれに昼間でも行動するし、肺呼吸なので陸上にいても、不思議なことではない。
オオサンショウウオの生息調査をしていて、川の中だけを注意深く探していると、ふと横の陸地にいたりして、びっくりすることがある。河原に横たわるオオサンショウウオの風体を見て、ある生き物を思い出した。懐かしの「ツチノコ」である。
釣りサンデーの創刊当時の連載に「逃げろツチノコ」があったのを知っている人は少ないだろうが、忘れたころにどこかで「ツチノコ騒動」が起きていたものだ。50年も前(たぶん?)から騒がれているツチノコだが、いまだに死体さえも発見されていないのは、どう考えてもおかしい。
オオサンショウウオは繁殖期になると、産卵場を求めて川を遡上する。途中に堰堤などの障害物があって、川沿いに遡上できない場合は、迂回路を探してまで上流を目指そうとする。その際、川から遠く離れてしまうこともあるし、道に迷うこともあるだろう。思わぬ場所で思わぬ生き物と遭遇しても、不思議ではない。
ただし、オオサンショウウオの生息地域はかなり限られているので、ツチノコ騒動の場所と合致しないところもある。
ところが、昔から見せ物的価値のあったオオサンショウウオは、人為的な移動が多く、本来の生息地とは異なった場所で見つかることも多い。
では、オオサンショウウオとツチノコとはどう似ているのか?
ツチノコはヘビの変種とされ、目撃者の話によると、何かを丸飲みしたのか、一升瓶のように太くて短いとされている。その他の特徴は目撃された地方や見る人によって千差萬別なので、細かい特徴はあまり信用できない。ヘビのようで、異様に太くて短く、今までに見たことがない変な生き物。これがツチノコの想像図である。
オオサンショウウオは足や尾の欠損が多く、指がないものや尾が半分のものもいる。これは珍しいことではない。ちょっと変わったオオサンショウウオも多いのだ。
数多くのこれらのオオサンショウウオを見てきて、ひょっとしたら、こいつが「ツチノコ」に間違われたんじゃないのかと、思うようになった。
どちらも謎多き生き物。もちろん断定することはできないが、その可能性は大いにあると思っている。ツチノコの正体見たり!
◆第2回 「彼らが生まれたころの川」
川が好きだ。日本の川は素晴らしい。もう、20数年も前から渓流釣りやアユ釣りをしてきたが、それは釣りをするという行為以前に、川に魅せられている部分が大きい。その川がだんだんと変わってきた。
治水最優先の日本の河川行政に疑問を持っている人は数知れないが、そんなのはおかまいなし。コンクリート護岸で固め、ダムや堰堤をどんどん作り、人間中心の画一的な河川工事が日本国中で行われてきた。もちろん、今も懲りずに行われ続けている。
素晴らしかった川の風景も少なくなり、釣れる魚も少しヘンになり、川での釣りから遠ざかっていた。再び、川へ目を向け、川のことを考えさせてくれたのは、オオサンショウウオとの出会いからである。
オオサンショウウオが普段の住みかとしているのが、川岸に自然に作られた横穴や大きな転石の下のすき間である。昼間はこのような穴の中でひっそりと潜み、夜になると穴から出て行動する。
ところが、各地で行われている河川工事の大部分は、川岸をコンクリートで固めることが中心である。これは彼らの大切な住みかを奪うことになる致命的な工事なのだ。工事中に横穴に閉じこめられ、生き埋めになってしまったものもいるだろう。ひょっとして、重機により無惨に殺されたものもいるかもしれない。
また、産卵するための巣穴も、これらの横穴であるが、これがなくなることは彼らの絶滅を意味する。
河川を分断するダムや堰堤も、彼らにとっては生息範囲を狭める結果となっている。
繁殖期には条件のいい産卵巣穴を求めて上流を目指すが、そこに立ちふさがるのが人間が作った堰堤である。
8月、堰堤の下には数尾のオオサンショウウオが集まり、何度となく、堰堤を上ろうとする光景に出合うことが多い。その涙ぐましい努力のかいもなく、あきらめて下流へ戻っていく姿には、胸を打たれるものがある。
また、コンクリート護岸や堰堤は彼らの分布域も狂わせている。本来、河川の上流域が生息地であるが、雨による大水が出た場合、身を隠すところがないと簡単に下流に流され、上流に戻ろうにも堰堤で分断されるため、流れ着いたところで一生を過ごすことになる。もちろん、下流域は生息環境はさらに悪くなる。
これらはオオサンショウウオに限定した話のようだが、川に生息するすべての生き物にも当てはまる。
オオサンショウウオは川の生態系の頂上に位置する生き物である。そのオオサンショウウオが安心して生息できる環境は、すべての川の生き物にとっても素晴らしい環境であることがいえる。もちろん、我々にとっても…。
オオサンショウウオの寿命は50年とも100年とも言われている。たぶん、彼らが生まれたころの川の姿は、素晴らしいものだったに違いない。そして、そのオオサンショウウオは、川の移り変わりをずっと見続けてきたはずだ。もの言えぬまま。
オオサンショウウオは国の特別天然記念物として、触ることも法律で罰せられる。しかし、殺すに等しい河川工事は野放しに行われているのだ。
◆第3回 「謎多き生き物」
お目にかかることはめったにないと思うが、実物を見れば、ちょっと感激しますよ。
一見グロテスクな生き物だが、ゆっくりとした動きで、どことなく愛きょうがあって、どこにあるか分からないほどの小さい目、そして、手足の指を触ると赤ん坊の柔らかい手のような感触があって、初めて出会ったときの感激は今でもよく覚えている。
これが日本が世界に誇れる貴重な生き物、国の特別天然記念物に指定されているオオサンショウウオかと、まじまじと眺め、あちこち触ったのを思い出す。もう一つの感激は、それが自分の住む町を流れる川でのできごとだったことだ。
それから興味のある仲間が集まり、オオサンショウウオ探索が始まった。見つけるのもだんだんと上手くなり、生態にも詳しくなった。といっても、生態などは詳細には解明されてなく、多くの部分は謎であるとされる。
オオサンショウウオは世界最大の両生類として、世界的に有名な生き物で日本にしか生息していない固有種である。同じ仲間が中国とアメリカの一部にいるだけだ。
両生類なので、水中でも陸上でも生活できるが、一生のほとんどを水中で過ごすのはオオサンショウウオだけである。ちなみに日本にいる両生類はカエル(無尾類)とサンショウウオ(有尾類)の仲間だけ。サンショウウオ目には小型のサンショウウオ類、イモリ、オオサンショウウオの3種だけと、すぐに覚えられるほどの種類しかいない。姿形がよく似ているトカゲやヤモリはは虫類である。念のため。
カエルと同じ仲間なので、前肢の指は4本、後肢の指が5本なのだ。よく発見時に「前肢の指が4本しかありません」などと報告されることがあるが、4本が正常である。指には爪はなく、ほとんどわからないが小さな水かきがある。
体全体は暗褐色で大小の黒っぽい斑紋が不規則に散らばっている。一般に黒っぽいイメージがあるが、野生のものは意外と明るい色調であることが多い。たぶん、保護色なのだろうが、川底や水面の条件次第では容易に見つけることができるほどだ。しかし、流れがあるところや川底が同じような色調のところでは上手くなじんでしまって、見逃すこともよくある。
皮膚は独特な雰囲気を持っている。細かいしわやイボが多いのような感じで、胴の側面は厚いヒダ状になって連なっている。扁平した大きな頭とよく発達した尻尾に短い手足はたぶん、水中で機敏に動けるようになっているのだろう。
口は大きくさけていて、歯は小さいが鋭く切れるので注意が必要だ。咬まれるとたいへんだよ。友人(調査のベテラン)が指を咬まれて、ン針縫ったのはつい最近のこと。
ところで、サンショウウオ(山椒魚)のネーミングだが、肌が樹木のサンショウの木肌に似ているとか、怒ると皮膚から白い粘液を出すのだが、その粘液のニオイが山椒の香りに似ているからだとか言われている。これは当たっているようで当たっていない。本来は小型のサンショウウオを指しているはずで、それによく似た大きいのがオオサンショウウオのはずだ。またはその逆か。こいつも謎だ。
◆第4回 「害獣?」報道の真実
先日の朝日新聞に和歌山県古座川でオオサンショウウオが繁殖しすぎて、アユがいなくなった、とか何とかの記事が、夕刊の一面トップで報じられていた。よく読むと、昨年の12月8日の読売新聞での同様な記事の焼き直しで、内容的には何も新しいものはなかった。新聞社が違うとはいえ、全く同じ内容というのも芸がない。「害獣?」という見出しも、20年前の琵琶湖での「ブラックバス害魚」報道を思い出す。まだ何もわかっていないのに短絡的だ。
学者らしき人たちのコメントも載っていたが、どうもオオサンショウウオのことをよく知っているようでもなかった。
古座川支流・平井川のオオサンショウウオの生息については、人為的移動による繁殖例として研究者たちの間では有名な話である。30数年前に持ち込まれた数尾が繁殖活動をし、子孫が増えているのだろうが、そのとき生まれた個体があったとして、30数年だと、それほど大きくはないはずだ。
騒ぎの発端は漁業関係者からのアユやアマゴの稚魚が食われて激減しているという苦情のようだが、オオサンショウウオの主な生息地である兵庫県や岡山、広島など中国地方では、アユで有名な河川も多い。もちろん、オオサンショウウオも多く生息している。兵庫県市川上流では500から600尾のオオサンショウウオが確認されている。魚への被害はないとは言えないだろうが、漁協が大騒ぎするほどの問題になっているところはない。
記事には「カエルや魚を大量に食べる」と書いてあったが、どれほどの量のエサを食べるのかは、まだ解明されていない。オオサンショウウオの捕食は「待ち伏せ型」である。機敏には動けないので、魚を襲って食べることはまずない。川底で下流に向いて身を潜め、魚が泳いで来るのをじっと待つ。たまたま口の前に来た魚を大きな口を開けて、一瞬で飲み込むというスタイルである。昨年、魚を食べる瞬間を撮影しようと、水中カメラを構えて待っていたが、30分待って、小さなカワムツを1尾食べただけだった。こんな捕食では大量に食べることは不可能だ。
古座川で繁殖しているという事実は、河川の生息条件がかなりいいのだろう。深みがあり、隠れ家もいっぱいあって、エサとなる魚も多い。新聞では昼間でもエサを求めて出てくると書いてあったが、生息条件がいいのなら、わざわざ危険を冒してまで昼間にエサを求めて動き回るということはあり得ない。
漁業被害については、確固たる証拠があるわけではなく、すべて推測である。
本当に被害があるのか、いったい何尾いるのか? まず、オオサンショウウオの生息状況を把握することをしなければ、何も始まらない。実態は何もつかんでいないはずだ。
これから3年かけて生息調査がされるようだが、これは非常によいことだ。オオサンショウウオは国の特別天然記念物に指定されているので、文化庁は生息河川や生息数、生態など、定期的に調査し、手厚く保護対策がとられているように思われているが、実際は何もされていない。指定のしっ放しである。
理由はどうあれ、生息調査されることによって、謎が新たに解明されるかもしれない。オオサンショウウオの保護対策への一歩前進になるだろう。
◆第5回 「1.6m、およそ100年」
よく聞かれる質問に、オオサンショウウオの大きさと年齢がある。いったいどれぐらいの大きさが最大なのだろうか。いったい何年生きるのだろうか。いちばん関心が持たれているようだ。
大きさは私たちが調査している河川では50〜70cmがいちばん多い。ときたま、目測で1m近いものも発見するが、実測すると80〜90cmしかなく、1を越えるものはたいへん稀である。
たぶん、そんなに大きくなると、エサの確保や隠れる場所、人目に付きやすいなど、よほどの好条件がそろわないと、生息は難しいのではないかと思っている。
全長1mというのはかなりの大物である。まるで大きな丸太が転がっているようである。
昨年(99年)、兵庫県猪名川で1.2mもあるオオサンショウウオを見たが、想像を絶するほどの大きさだった。重さも15kg(通常70cmで平均3kg)もあった。この巨大オオサンショウウオはニジマス釣り場で有名な北田原というところで発見保護されたものだが、これほど大きくなるまで、一度も発見されなかったというのも不思議だ。ひょっとして、どこかで飼われていたものが、始末に困って川へ放されたような気がする。
野生下では最大限大きくなるのは難しいだろう。これまでの大きさの記録というのは、ほとんどが飼育されていたものだ。
岡山県蒜山の観光センターで飼われていたオオサンショウウオは、全長1.6mもあった。たぶん、これが日本最大記録であろうが、残念ながら、昨年、イタズラされて死亡した。
こんなのに川で出くわしたら仰天してしまうだろう。恐ろしくて捕獲するのにも躊躇してしまうかもしれない。
では、そんなに大きくなるのに、いったい何年かかるのだろうか。
野生下では検証できるほどのデータはないし、個体差が大きく、大きさから年齢を推測することはできないとされている。飼育下での記録では、30cmぐらいになるのに5,6年かかるようだが、もちろん、正比例して大きくなるわけではない。成長期を過ぎると成長は鈍化していくだろう。野生下では飼育下よりも成長は遅いと見ていい。
年齢も確固たるデータがない。古い文献には77年間飼育されていたという記録があり、捕獲されたときの全長が45cmであった。また、シーボルトがオランダに持ち帰ったオオサンショウウオ(捕獲時35cm)は51年間飼育されている。
これらはすべて飼育下での話である。野生下ではひょっとして、とてつもなく大きなヤツが、100年以上も生き伸びているかもしれない。きっとどこかで。
話は変わるが、先日の人気TV番組「探偵ナイトスクープ」で、大阪・箕面でオオサンショウウオ発見の話題があった。さっそく、映像を参考に場所を探し当て、調査に訪れた。目測で全長1mは楽にあるという巨大オオサンショウウオであった。障害物のため、こいつは捕獲はできなかったが、その上流で70cmを捕獲、個体識別をし再放流した。
こんなところで、巨大なヤツに出会えるとは思ってもみなかったが、ここで何十年も生き続けてきたのだろうか。
◆第6回 「個体識別の決め手」
アユも解禁となり、川遊びなども増えてくる季節、オオサンショウウオの活動も活発になってきた。
先週、定点調査をしている河川で短時間に10尾のオオサンショウウオを発見した。これはこの川での記録だ。川の中を3時間近く歩いて、1尾も発見できないときもあるから、たまたま、運がよかったのかもしれない。
オオサンショウウオに出会うチャンスはそう多くない。夜になると必ず出て来るとも限らないし、場所も時間帯も気まぐれだ。我々が通ったその日、その時刻に、偶然に出会うことになる。生息が多く確認されている河川では当然、出会うチャンスも多い。
ここで我々の調査の模様を紹介しよう。調査は夜間だ。午後8時ごろから11時過ぎまでが多い。川の中を歩くため釣り用のウエダーは必需品だ。それに懐中電灯、捕獲用の玉網、全長を計測するための検寸器、体重を測るバネばかり、デジカメなどを身につける。
調査は夜間の目視による発見が基本だ。川の中を懐中電灯で照らしながら、注意深く歩く。方向は下流から上流へ、この方向が水中がよく見えるからだ。
オオサンショウウオを発見すると玉網で捕獲する。もちろん発見しても捕獲できないときもある。捕獲したオオサンショウウオは体重を測り、全長を計測する。全長は正確に計るため、手作りの検寸器を使う。大型の雨といを改良したものだ。釣り大会で魚を検寸するのと同じだ。ただ、オオサンショウウオはじっとしていないのでたいへんだが…。
それから、身体の特徴をメモする。特に4肢の指の欠損を確認する。欠損が非常に多いからだ。識別するための大きな特徴となる。そして、写真撮影。写真は全体、頭部アップ、尻尾左側の3点としている。もっとも重要なのが尻尾左側面の写真だ。
オオサンショウウオの体表には黒っぽい不規則な斑紋があり、この模様は大きくなってもあまり変化しないことから、個体識別の決め手としている。人間の指紋にあたるし、クジラの個体識別に尾の斑紋を使っているのと同じだ。以前はタグなどの標識を付けていた時期もあったそうだが、試行錯誤の末、この方法が身体に傷もつけず、確実であるとされている。
ポイントを尻尾の左側面としているのはデータの統一のためだ。オオサンショウウオの生態調査の第一人者といわれている姫路市立水族館の栃本館長のグループや、永年、調査活動を実践している兵庫県自然保護協会のグループと同じ方法で行っている。
余談だが、最新の識別法は身体内にマイクロチップ(発信器の一種)を埋め込む方法だが、これは費用がかかるので、簡単には移行できない。
個体の特徴のほか、発見場所や発見状況、行動、水温などのデータも書き込む。識別のためのデータ収集できたら、捕獲した地点で再放流する。文化財保護法ではもとの状況に戻すのが原則だ。
このような方法で、発見捕獲した個体に番号をつけて、データ管理する。地道にデータを収集することが重要なのだ。その河川の生息実数を把握すること。また、再捕獲により、行動範囲、体重の増減、全長の変化など、謎の生態解明への糸口となり得るのだ。
◆第7回 「何のための特別天然記念物」
オオサンショウウオという生き物は、意外と多くの人々に知られている。それは特別天然記念物に指定されている数少ない生き物であるという理由が大きい。
オオサンショウウオ、イコール「特別天然記念物」なのだ。知名度が高いのはこの肩書きのためだ。では特別天然記念物って何なんだろう。
この制度ができたのは戦前の話だ。史跡名勝天然記念物保存法がもとだが、昭和25年に文化財保護法に引き継がれた。この法律の主たる目的は史跡や神社仏閣の保全で、動植物はほとんど想定されていない。まあ、付録のようなものだ。
動植物では絶滅の恐れがあるものが多いが、オオサンショウウオは絶滅を危惧されたのではなく、生き物自体が世界的に珍しく貴重だからだ。
初めて指定されたのは昭和2年、個体そのものではなく、岐阜県、岡山県、大分県などの一部の生息地が天然記念物として指定された。
しかし、これは生息地としての指定だったため、指定地以外の場所では自由に捕獲できることと勘違いされた。このころ、盛んに捕って食べられたり、見せ物的観光資源にされたようだ。人的移動が多かったのもこの頃だろう。
そして戦後、新しい文化財保護法ができ、昭和26年に地域を定めず、オオサンショウウオそのものが天然記念物に指定された。さらに翌27年、特別天然記念物に昇格した。
では、オオサンショウウオはこの法律によって、保護されているのだろうか。指定することによって、捕獲などは法律で罰せられることになるので、人為的な被害からは守られるだろうが、ただそれだけだ。文化庁による積極的な保護施策は全くないに等しい。
また、特別天然記念物の指定は、皮肉にも生態の解明を遅らせることにもなっている。生息調査をするにも許可が必要で、簡単には許可がおりない、ましてや解剖などもできないのだ。
我々の調査は一時捕獲をするため、もちろん文化庁の許可を得ている。この許可書がおもしろい。「史跡名勝天然記念物現状変更許可申請書」を文化庁長官宛に出すのだが、一時捕獲することは文化財の「現状変更」にあたるというわけだ。また、用紙にはその文化財の所在地や所有者などを記入する欄がある。要するにこの法律は生き物を想定していないのだ。
もし、あなたが川などでオオサンショウウオを発見した場合、最寄りの教育委員会に届け出ることになる。文化財なので、担当はその町の教育委員会であるが、多くの教育委員会はオオサンショウウオに対して、何の知識も持っていない。対処方法も知らないので、いうならば厄介な代物なわけである。早く処理して適当な場所に放流して一件落着となる。データもとっていないケースが多い。これでは何のための特別天然記念物なのか。
指定をするだけで、種の保存が守れるのなら、こんな簡単なことはない。日本のトキも絶滅しなかっただろう。
環境庁ができた今、動植物の特別天然記念物という枠組みは、何もしない文化庁から、何かをしてくれそうな環境庁へ移行し、一から考え直す時期に来ているのではないだろうか。
◆第8回 「謎に包まれた産卵行動」
暑い夏がやって来た。川遊びなど、釣り人でなくても水辺に接する機会が多くなる季節。ちょうどこの頃、生息域の河川や水路などでオオサンショウウオが発見保護されることも増えてくる。
オオサンショウウオは繁殖期が近づくこの頃、産卵のため、上流を目指して移動を始める。活動がいちばん活発となる季節だ。
川の中を遡上するが、途中に堰堤などで行く手を阻まれると、迂回路を探してまで移動するので、水路やたんぼなど、普段生息しない場所にも出現して発見されることが多い。
オオサンショウウオが上流を目指すのは、上流には素晴らしい産卵場があると信じているからだ。人間が川を支配する以前はそうだったのだろう。
オオサンショウウオの産卵は8月下旬から9月中旬にかけて行われる。川岸の横穴で条件のいい場所を探し、まず、オスが産卵巣穴に入り、産卵のための準備をする。
この際、オスどうしは産卵巣穴をめぐって闘争するともされているが、定かではない。
このオスはその巣穴の「ヌシ」と呼ばれ、翌年の2月ごろまで、その巣穴で卵(後に幼生)を守り続ける。
巣穴には続いてメスが入て産卵行動をとるとされている。卵は一粒がマスカットぐらいの大きさで、一度に400から500粒を産む。その後、産卵したメスは去り、残ったオスのヌシがその巣穴で卵を守る。
約50日後、卵はふ化し、小さな幼生(約3cm)が現れる。幼生はヌシに守られ、巣穴の中で、翌年の2月ごろまで過ごし、厳寒の川へ散っていく。真冬に川へ出ていくのは、たぶん、外敵が少ない時期を選んでいるからだろう。
我々の調査で発見されるオオサンショウウオの大きさは、小さいので30cmぐらいからで、それまでの小さい個体を見つけることはほとんどない。小さいので見つけにくいこともあるのだが、どいうわけか、見つからない。この時期のオオサンショウウオは消息不明だ。どこでどのような生活をしているのか、気になる。
生き物にとって、子孫を残す繁殖行動は最も重要な活動だ。オオサンショウウオも例外ではない。身の危険を冒してまで上流を目指すのも、そのためだ。
オオサンショウウオの繁殖行動は長い間、謎のままだった。飼育下での観察で、ようやく繁殖行動の全容がわかったのは最近ことだ。しかし、これは飼育下での話で、野生下での観察は不可能に近く、産卵行動のメカニズムはまだ謎が多い。
産卵、繁殖で最もポイントとなるのが、好条件の産卵巣穴だ。位置、水質、大きさなど、シビアな条件があるのだろうが、これは当の本人に聞いてみないと、本当のことはわからない。たぶん、河川の上流には条件にあった素晴らしい産卵巣穴が多いのだろう。昔は…。
水質悪化、護岸工事、堰堤。現代を生きるオオサンショウウオにとって、産卵巣穴を見つけることは容易ではない。特に川岸の横穴をなくしてしまう護岸工事は致命的だ。
産卵に適した好条件の巣穴がなくなることは、オオサンショウウオの絶滅を意味する。
◆第9回 「生きている化石の将来」
オオサンショウウオは「生きている化石」とも言われている。それは3000万年前に出現したオオサンショウウオの祖先型に比べ、現在のオオサンショウウオがほとんど進化せず、同じ姿形であることで、そのような表現がされている。また、ヨーロッパではほんとうに化石しか残っていないという事実もある。
生きている化石としてはシーラカンスが有名だが、日本にはシーラカンスに匹敵するほどの「貴重な化石」が生息しているのである。
日本人とオオサンショウウオの結びつきは古い。「大山椒魚」と書くように、古くは魚類とされていたようだ。日本で文献に最初に登場するのが「日本書紀」で、オオサンショウウオらしき生き物の記述がある。その後の文献にもたびたび登場し、古くからその存在は知られていた。どれも奇妙な生き物であることは同じなのだが、記述や分類などには、かなりの誤解や混乱があるようだ。
おもしろい記述では、鳴き声が赤ん坊に似ているとか、別名を「人魚」としているものも多い。実際にはオオサンショウウオの鳴き声は聞いたことはないが、4肢の指は赤ん坊の手に似ている。顔、形を見ると「人魚」とは言い難いが、現在、人魚伝説の多いジュゴンも人魚にはほど遠い姿である。ジュゴンもオオサンショウウオもどことなく似ていなくもないからおもしろい。また、ヨーロッパではオオサンショウウオの化石が、ノアの大洪水で死んだ人間と間違われていたことも、何か関係がありそうな気がする。
かつては世界中にいたと思われるオオサンショウウオは、日本以外では化石としてしか存在しない。その日本でもごく一部の地域だけにしか生息しない。非常に貴重な生き物であることは誰もが認めている。国の特別天然記念物にも指定されている。
なのに、生息河川も生息数も定かではないのは、なぜなんだろう。オオサンショウウオを殺すに等しい、河川工事が野放しに行われているのは、どうしてなんだろう。
昔に比べて、生息数が減少しているとも危惧されているが、比較するデータ自体がないし、イメージとして「減っていそうだ」というだけでは説得力に欠ける。
我々の調査も始まったばかりで、すべて手弁当である。別に文化庁から要請されたわけでもない。それどころか、めんどうな手続きを踏んで、許可を得なければ調査できない。調査やデータ収集には費用も手間もかかる。
調査を始めて5年が経ったが、これだけははっきり言える。生息数は確実に減少の道をたどっていることだ。もちろん、その原因は河川環境の悪化だ。日本の河川行政は最悪に近い。
このことは今さら言うまでもなく、釣り人のみなさんなら感じられているはずだろう。
人間がほんの少し便利になるために、かけがえのないものを失おうとしている。オオサンショウウオがほんとうの「化石」とならないことを願っている。
(おわり)
|
|
||||
| 謎の生態 / 生きている化石 / 特別天然記念物 / 大サン会の活動(調査と個体識別) / 保護と河川工事 / 大阪のどこにいるの? / 見つけたら… / コラム(雑記) ●●●● 両生類って何? / 小さなサンショウウオ / サンショウウオグッズ ●●●● What's New(話題、ニュースなど) / リンクのページ | ||||
|
|
||||
| トップページへ戻る ●●情報をお寄せください●● このページの先頭へ | ||||